2010/01/11 波乱万丈―長谷川等伯の人生―
元亀2年頃(1571年頃)33歳頃
■能登の絵師、京都へ
等伯のは戦国大名畠山家家臣奥村家の子として生まれたが、染職業を営む長谷川家に養子に入った。養祖父、養父に絵の手ほどきを受けた等伯は信春と名乗り、日蓮宗寺院にかかわる仏画を多く描いた。戦国の波のうねりは能登にもおよび、画業を続けることが困難となった等伯は父母を亡くしたことを契機に、30代という決して若くはない年齢で、京都に新たな活躍の場を夢見て上洛した。
コメント (0件)
トラックバック (0件)
- この記事のトラックバックURL
- http://www.touhakun.com/mtos/mt-tb.cgi/13
- 2010/01/13
- 作品(2) 重要文化財 日堯上人像(にちぎょうしょうにんぞう)
- 2010/01/12
- 作品(1) 重要文化財 三十番神図(さんじゅばんしんず)
- 2010/01/11
- 波乱万丈―長谷川等伯の人生―
- 2010/01/08
- 七尾出身・長谷川等伯をたたえ「弦楽合奏曲」完成
- 2010/01/08
- 生誕地・没後400年記念前年祭「長谷川等伯展」開催のお知らせ
- 2009/12/16
- 没後400年特別展「長谷川等伯展」開催のお知らせ №2



