2010/03/13 iPhoneアプリ「とうはくんアドベンチャー」完成!

iPhone用無料アプリ「とうはくんアドベンチャー」が完成しました。
≫iTunes App Storeでダウンロード

「とうはくんアドベンチャー」は、とうはくんが京都を出発して等伯生誕の地である石川県の七尾市に向かう道のりをゲームにしています。

琵琶 湖を眺めながらのステージ1、険しい洞窟のステージ2、そして金沢城下町のステージ3の全3ステージには、「とうはくん」の旅を阻む様々な障害物や敵が現 れます。

アイテムを上手に活用して、無事、七尾市にまでゴールしてください!

スクリーンショット
「とうはくんアドベンチャー」ゲーム画面01 「とうはくんアドベンチャー」ゲーム画面02 「とうはくんアドベンチャー」ゲーム画面03 「とうはくんアドベンチャー」ゲーム画面04 「とうはくんアドベンチャー」ゲーム画面05 「とうはくんアドベンチャー」ゲーム画面06

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2010/03/13 石川テレビ「なるほど!見る 食べる 遊ぶ」 の撮影

昨日3月12日石川テレビさんの番組「なるほど!見る 食べる 遊ぶ」の撮影がありました。リポーターは石川テレビアナウンサーの安田真理さん・モデルの多嶋沙弥さんでした。番組はIPhonをもって長谷川等伯の出身地の七尾を観光して巡るという内容です。撮影は朝10時半から能登食祭市場からスタートしました 
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食祭市場の中ではどんたくさんのキャラクター「どんたくん」が出迎えしてくれました。
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その後、七尾市相生町の「幸寿し」さんへ。七尾湾で取れた新鮮なネタのお寿司を堪能するシーンを撮影しました。「幸寿し」の山田さんご兄弟とレポーターとの楽しい会話で撮影も盛り上がりました。
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和倉温泉では総湯前の足湯のシーンを撮影しました。そこでは、和倉温泉のマスコットキャラクター「わくたまくん」も登場!!周りにいた観光客の方々も「わくたまくん」の突然の登場に喜び、カメラのシャッター押していました。
撮影はまだまだ続きます・・・・
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総湯を後にし、和倉温泉街を撮影・・・。
和倉温泉の旅館「海望」さんへ行き
お料理を食べるシーンなど撮影しました。

お料理の撮影には結構時間がかかり大変でした。
一品一品がおいしそうに見えるように撮影するため、湯気が上がってたり、お料理のアップの映像など細かい部分の撮影に時間がかかりました。

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この日の撮影は夜もふけ・・・12時終了!!

次回は3月18日に七尾美術館などを撮影します。
レポーター役の安田さん多嶋さんスタッフの皆さん、本当にお疲れ様でした。
 

放送は3月28日 14:00 石川テレビです。是非ご覧下さい。

 

 

 

2010/03/05 「長谷川等伯」関係放送について

今年は七尾が生んだ画聖、長谷川等伯が没後400年となります。
下記のとおり放送されますのでぜひ、ご視聴・録画下さい。


●NHK教育テレビ

「日曜美術館」 夢の等伯 傑作10選!(初回)
 
 3月7日(日)9:00~9:45


●NHK総合、NHKBS2

「歴史秘話ヒストリア」(再放送)
 美の戦国合戦 ~長谷川等伯 VS 狩野永徳、絵師たちの夢と野望~

 3月10日(水)22:00~22:45【NHK総合】

 3月17日(水) 8:15~ 9:00【NHKBS2】
 

2010/02/17 iPhoneアプリ「ふらっと案内」七尾市紹介スタート

「ふらっと案内」で七尾市のおススメスポットを紹介しています。
市内の美味しいお店や観光地など無料でらくらく検索出来ます。
ご利用下さい。

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2010/02/15 能登ごっつおケータイで能登七尾の情報をGET!

能登ごっつおケータイはお手持ちの携帯電話へ能登・七尾の素敵な情報がメールで送られてくるサービスです。

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詳しい内容はコチラからダウンロードできます(PDF形式 1MB)

また、簡単登録は以下のQRコードを使ってもできます。

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【登録に際して】

1)登録時にメールの送受信が発生するため、パケット料が発生します。パケット料はお客様のご負担となります。
2)携帯メールでPCメールからの受信拒否を設定を行っているとメールの受信ができませんので、設定の解除をお願いします。

2010/02/13 モバわくたまくん携帯待ち受けサイト公開のご案内

わくら温泉のゆるキャラ「わくたまくん」の待ちうけダウンロードサイトが完成しました。

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上記バナーのQRコードを読み取ってお入り下さい。
また、上記QRコードをご利用できない場合は以下のアドレスを携帯に入力してご利用ください。

 
【モバわくたまくん】
http://www.wakura.or.jp/mobile/
 
なお、パソコンからのサイトの閲覧は携帯サイト用に調整してあるため、表示の一部が上手表示できない場合がございますのでご了承ください。
 

2010/02/02 和倉温泉や能登島ガラス工房などでロケTVドラマ国内放送

石川県と中国を舞台とした連続テレビドラマ「花の恋」日本国内で放送される
ことになりました。
H16年度VJC(ビジット・ジャパン・キャンペーン)連携事業として、
和倉温泉や能登島ガラス工房などでロケが行われました。
どうぞご覧ください。

 1 放 送 局  BS日テレ
 2 放送日時  2月4日~  毎週木曜日 23:00~23:54(全25話)
 

2010/02/01 七尾市のパワースポットをご紹介,受験生必見!!

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「鹿渡島観音」が七尾市のパワースポットなのです。

http://nanaokankou.blogspot.com/2010/01/blog-post_19.html

ご利益は、人それぞれですが、私が聞いたご利益(おめでたいお話・幸せな話)をご紹介します。

一つ目は、、、
ある人が観音様にお参りした数カ月後、結婚話があり、そして「結婚」ゴールイン!!できたそうです。


 

二つ目は、、、
なかなか赤ちゃんが出来なかった方がある時観音様にお参りしたら、「妊娠!!」
・・・・そして無事赤ちゃんを授かったそうです。

三つ目は、、、、
長期の海外へ出張の前に観音様にお参りして出張へ出かかると、出張中は病気もなく健康でいられたそうです。
 

などなど・・・沢山のご利益があそうです。一度訪れてみる価値はありますよ!!

2010/01/20 作品(5)楓図壁貼付・作品(6)松に秋草図屏風

(5) 楓図壁貼付(かえでずかべはりつけ)

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(6) 松に秋草図屏風(まつにあきくさずびょうぶ)

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長谷川等伯筆
文禄元年(1592)頃
京都市・智積院(ちしゃくいん)蔵
 
 天正19年(1591)、3歳で夭折した豊臣秀吉の長男、鶴松(つるまつ)の菩提を弔うために建立された京都の祥雲禅寺に描かれた障壁画。70㎝を越える太い幹の楓は、両腕を広げるように、雄雄しい姿で描かれ、紅葉や木犀(もくせい)、鶏頭、萩、菊の草木は、幼くして亡くなった鶴松を包み込むように優しく画面を彩ります。
 ライバル狩野永徳(かのうえいとく)が創り上げた画面から飛び出さんばかりに巨木などの対象を描く「大画様式(たいがようしき)」を意識しながら、狩野一門の作品にはみられない自然描写をみせ、なおかつ叙情性を備えた長谷川一門独自の美的特質が、みる者の目を奪います。
 
■展覧会ホームページ → http://www.tohaku400th.jp/
長谷川等伯 没後400年 特別展

2010/01/19 一世一代の賭け-三玄院襖絵

 

天正17年(1589)、等伯は大徳寺の塔頭(たっちゅう、歴代住職の隠居所となる子院)、三玄院の襖絵に山水図を揮毫(きごう)しました。実は、この襖絵揮毫には、驚嘆すべき等伯のエピソードが残っています。
等伯は、同院住職の春屋宗園(しゅんおくそうえん)に、法殿に襖絵を描くことを切望していたのですが許されませんでした。そこである日、住職が留守と知った等伯は無断で部屋に駆け上がり、一気呵成に見事な山水図を描ききってしまったといいます。 一見、無謀ともいえるこの行動が吉と出て、南禅寺、妙心寺など大寺院の障壁画制作につながっていきました。
 

 

■展覧会ホームページ →http://www.tohaku400th.jp/

2010/01/18 狩野一門の牙城へ-金毛閣(きんもうかく)天井画

天正17年(1589)51歳
 40代の等伯の京都での活動がどんなものであったか、ほとんどわかっていません。「等伯」の名が最初にあらわれるのは、京都の名刹、大徳寺です。大徳寺では室町時代以来、狩野一族の多くの絵師が障壁画を制作しており、まさに狩野一門の牙城でした。
 天正17年(1589)等伯51歳のとき、豊臣秀吉の茶頭・千利休は、大徳寺三門の増築部分を寄進します。その金毛閣二階の天井と柱に等伯は筆を揮ったのです。京都画壇に高らかに等伯の名を知らしめる第一歩でした。
 

■展覧会ホームページ →http://www.tohaku400th.jp/

2010/01/17 作品(4)山水図襖(さんすいずふすま)

長谷川等伯 4面 各176.7×94.5㎝ 紙本墨画
天正17年(1589)
京都市・圓徳院(えんとくいん)蔵

 もとは大徳寺三玄院(さんげんいん)の室内を飾っていた障壁画です。等伯は同年に大徳寺三門-金毛閣(きんもうかく)の天井画、柱絵も手掛けています。等伯が京都画壇に確かな地盤を築きはじめたころの作品です。
 中国名画に学び、自らのスタイルを模索しつつ描いた樹木や空気の描写には、後の代表作「松林図屏風」につながる水墨表現の萌芽がみられます。桐紋(きりもん)を散らした唐紙(からかみ)に描かれた珍しい水墨画です。
 

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展覧会ホームページ→http://www.tohaku400th.jp/

2010/01/16 作品(3) 花鳥図屏風(かちょうずびょうぶ)

長谷川等伯(信春)筆
16世紀
個人蔵
●世紀の新発見
 本展覧会にかかわる作品調査によって、等伯の作品であることがわかりました。金碧画(きんぺきが)の花鳥図で、松や藤の花、滝の流れなどが優美に描かれています。松の樹皮や枝ぶり、鳥の描写などから等伯が「信春」と名乗っていた40歳前後の作品とみることができます。智積院の金碧障壁画を描く前から金碧画制作の実績を積んでいたことを示す重要な作品です。

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展覧会PH→http://www.tohaku400th.jp/ 

2010/01/13 作品(2) 重要文化財 日堯上人像(にちぎょうしょうにんぞう)

長谷川等伯(信春)
1幅 97.5×49.4cm 絹本着色
元亀3年(1572) 京都・本法寺蔵

●天下無双の肖像画
白い法衣をまとう本法寺の第8世日堯上人が説法する姿。上人の清らかな人格が描写されているかのようである。
この作品の署名によって等伯と信春という絵師が同一人物であると確認され、昭和13年(1938)、土居次義氏により「長谷川等伯信春同人説」が発表されることとなった。長谷川等伯研究史上、極めて重要な作品である。
等伯の生家奥村家の菩提寺は能登にある日蓮宗寺院の本延寺で、本山が本法寺であった。等伯はこの本法寺の伝手によって上洛し、京都や堺で活動した。
日堯上人像

2010/01/12 作品(1) 重要文化財 三十番神図(さんじゅばんしんず)

長谷川等伯(信春)
1幅 絹本着色 94.5×39.1cm
永禄9年(1566) 富山(高岡市)・大法寺蔵

●当代随一の仏画
信春時代に描いた仏画のなかでも、とりわけて華麗な色彩が施されている。三十番神は、ひと月三十日の一日ずつに一神をあてて守護神とされた、法華経を信仰する人たちを守る善神である。
大法寺には本作品と永禄7年(1564)、等伯26歳のときに描いた「日蓮聖人像」など3幅の仏像が仏画もとに伝わっている。それぞれは、丹念に細かく描写されていて、信春時代の日蓮宗関連の画業に携わる活動内容と作風の特色が色濃くうかがえる。

三十番神図

2010/01/11 波乱万丈―長谷川等伯の人生―

元亀2年頃(1571年頃)33歳頃
■能登の絵師、京都へ

等伯のは戦国大名畠山家家臣奥村家の子として生まれたが、染職業を営む長谷川家に養子に入った。養祖父、養父に絵の手ほどきを受けた等伯は信春と名乗り、日蓮宗寺院にかかわる仏画を多く描いた。戦国の波のうねりは能登にもおよび、画業を続けることが困難となった等伯は父母を亡くしたことを契機に、30代という決して若くはない年齢で、京都に新たな活躍の場を夢見て上洛した。

作品(1)(2)参照

2010/01/08 七尾出身・長谷川等伯をたたえ「弦楽合奏曲」完成

七尾出身の画聖、長谷川等伯をたたえる「弦楽合奏曲」がこのほど完成しました。

「弦楽合奏曲」を作曲したのは作曲家・二胡奏者の木塲孝志(こば たかし)さん。七尾市市民管弦楽団「オルビスNANAO」の伊藤昇団長と音楽活動を通じて交流があり、伊藤団長が没後400年に合わせて等伯の曲作りを提案したのが始まり。

完成した曲は、バイオリン、ビオラ、チェロの弦楽合奏で、穏やかで物悲しい冒頭の旋律を徐々に壮大な響きに展開させることで、長い下積み時代を経て桃山期を代表する絵師にまで大成した等伯の生きざまを表現するかのようです。

「弦楽合奏曲」は2月にも市民管弦楽団有志の演奏で、等伯の生家・奥村家の菩提寺である七尾市小島町の本延寺で奉納演奏される予定です。

木塲孝志さんのブログはこちら

2009/11/06 はじめまして

みなさんこんにちは。
はじめまして、「とうはくんらぶ」の橋本です。
よろしくお願いいたします。

これから「とうはくん公式サイト」の中で、私の出身地である七尾市の魅力についてお話していこうと考えています。
特に七尾市内にはたくさんの寿司屋があり、味も格別に美味しいっ!!
この寿司の美味しい情報や七尾市の見どころをドンドン書いていこうと思っていま~~す。

皆さんご期待下さい(^。^)。