2010/01/19 一世一代の賭け-三玄院襖絵

 

天正17年(1589)、等伯は大徳寺の塔頭(たっちゅう、歴代住職の隠居所となる子院)、三玄院の襖絵に山水図を揮毫(きごう)しました。実は、この襖絵揮毫には、驚嘆すべき等伯のエピソードが残っています。
等伯は、同院住職の春屋宗園(しゅんおくそうえん)に、法殿に襖絵を描くことを切望していたのですが許されませんでした。そこである日、住職が留守と知った等伯は無断で部屋に駆け上がり、一気呵成に見事な山水図を描ききってしまったといいます。 一見、無謀ともいえるこの行動が吉と出て、南禅寺、妙心寺など大寺院の障壁画制作につながっていきました。
 

 

■展覧会ホームページ →http://www.tohaku400th.jp/

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